契約の成立時期と損害賠償責任

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1.売買契約の成立時期
 民法は、売買契約を「諾成契約」とし(民法555条)、書面の作成を要求しておりません。従って、一方の申し込みと他方の承諾があれば、契約書等の書類がなくても、売買契約は成立します。例えば、私たちが駅で新聞を購入する場合、申し込みと同時に承諾があり、代金支払いと新聞の引き渡しという決済が一挙になされますが、これは売買契約と決済が書類上の記載もなくなされると理解されます。

 
2、不動産売買の成立時期
 動産売買とは異なり、不動産取引実務においては、取引慣行によって民法の規定に実質的に修正を加えています。そこで購入希望者と所有者が「買付証明書」と「売渡証明書」を交換した場合の契約の成否が問題となります。

 裁判例の多くは、当事者の意思表示が最終的・確定的になされていないことを理由として契約の成立を否定しています。不動産取引のように高額な売買契約の交渉においては、当事者間で他数回の交渉が積み重ねられ、その間に代金等の基本条件を中心に様々な条件が次第に煮詰められ、細目にわたる具体的な条件すべてについて合意に達したところで、最終的に正式な売買契約書の作成に至るのが通例だからです。

 他方、売主・買主双方で覚書が取り交わされ、後日、売買契約書の作成が予定されている場合、売買の対象物と代金が合意され、それ以外の事項については後日さらに協議して合意することが予定されていたものの、当事者間にこれらの事項についてまで売買の要素とする意思はなかったと判断される場合には、売買契約の成立を認めた裁判例もあります。

 
3.契約の不成立と損害賠償責任
 仮に契約が成立していなくとも、契約成立に高い期待や信頼を生じさせたことに対する責任問題は発生します。

 いわゆる「契約締結上の過失」の理論であり、その法的根拠は、契約締結の利益を侵害する不法行為責任とする説と、契約準備段階における信義則上の注意義務違反とする説があります。この場合、裁判所の考え方は、信頼を裏切られた方の損害を「信頼利益」とし、具体的には、仮に銀行融資が出ていればその利息が損害となり、違約金等は認められません。しかし、最終契約の成立がないとして違約金等の「履行利益」を一律に否定することは、公平な損害賠償の趣旨に反することがあるとする考えもあり、難しい問題です。

  因みに、東京地裁は、住友信託銀行と旧UFJ3社の統合交渉で、経営統合交渉が撤回されたとして、住友信託銀行が旧三菱UFJ銀行に対し債務不履行または不法行為に基づく損害賠償として1000億円を求めた裁判において、独占交渉義務等に違反せず交渉が継続されても最終契約を締結しなかった可能性は否定できないとし、住友信託銀行が主張する履行利益との相当因果関係を認めず、請求を棄却しました。

 この裁判例に対しては、契約関係はそもそも端緒から完全履行の終了に至るまで段階的に成熟していくものであって、(ⅰ)買主がなんら請求できない場合、(ⅱ)信頼利益の賠償を請求できる場合、(ⅲ)履行利益の賠償を請求できる場合に分かれてもよいとする意見もあります。

 なお、本件は、東京高裁で旧三菱UFJ銀行が住友信託銀行に解決金として25億円を支払うことにて和解が成立しました。