未支給年金と相続

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【事例】
 先日、長年連れ添った夫が亡くなりました。相続人は妻である私(相談者)のほかに長男と長女がいます。市役所に行ったところ、私が、夫が亡くなったときにまだ受け取っていなかった未支給の年金を受け取れるとの話を聞きました。なお、夫には私の知らなかった借金があったようであり、これからの相続が不安です。

 
【相談者からの質問と弁護士の回答】

Q1、未支給の年金は長男や長女にも相続で分けなくてよいのでしょうか。
A1、
 未支給年金は、相続財産とならず、遺産分割の対象にもなりません。この旨を判示したものとして下記の最高裁判例があります。

  [最高裁平成7年11月7日判決、判タ896号73頁]
 国民年金法19条1項は、「年金給付の受給権者が死亡した場合において、その死亡した者に支給すべき年金給付でまだその者に支給しなかったものがあるときは、その者の配偶者、子、父母、孫、祖父母又は兄弟姉妹であって、その者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものは、自己の名で、その未支給の年金の支給を請求することができる。」と定め、同条5項は、「未支給の年金を受けるべき者の順位は、第1項に規定する順序による」と定めている。

 右の規定は、相続とは別の立場から一定の遺族に対して未支給の年金給付の支給を認めたものであり、死亡した受給権者が有していた右年金給付に係る請求権が同条の規定を離れて別途相続の対象となるものでないことは明らかである。

 したがって、相談者様はご自身の権利として未支給年金を受け取ることができ、これを相続によって他の相続人(長男、長女)に分ける必要はありません。

 
Q2、夫の借金を引き継がない方法として、「相続放棄」という手段があると聞きました。私が相続放棄をした場合にも未支給年金を受け取ることはできますか。
A2、
 相続放棄を行うと、相談者様は最初から相続人でなかったものとみなされ(民法939条)、被相続人(夫)のマイナスの相続財産である借金について支払いを行う必要はなくなりますが、夫が残した預金や不動産などプラスの相続財産も相続することができなくなります。
 もっとも、未支給年金については、A1のとおり、相続財産ではありませんので、相続放棄の影響を受けることはありません。
 したがって、相談者様が相続放棄をした場合でも未支給年金を受け取ることができます。

 
Q3、私が未支給年金を受け取ることで相続放棄ができなくなるということはありませんか。

A3、
 一般に、相続人が相続財産の全部又は一部を処分したときは相続を承認したものとして、相続放棄ができなくなってしまいます(法定単純承認、民法921条1号)。


 しかし、A1のとおり、未支給年金は相続財産ではないので、相談者様が未支給年金を受け取って処分をしたとしても、相続を承認したことにはならず、相続放棄が可能です。

 
Q4、私が未支給年金を受け取れるのはいつまででしょうか。

A4、
 年金を受け取る権利は、支給事由が発生してから5年間を経過したときは時効によって消滅し(国民年金法102条1項・厚生年金保険法92条1項)、やむを得ない事情で時効完成前に請求をすることができなかった場合に限り、例外的にその理由となる事情を書面により申し立てることで、年金の受給権を消滅させない取り扱いがなされております。
 したがって、基本的には、受給権者の年金支払日の翌月の初日から5年間が経過した後は未支給年金を受け取れない可能性があるので注意が必要です。