性同一性障害と名の変更申立て

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大阪高等裁判所 令和元年9月18日決定(確定)(判例時報2448号3頁)

 
1、事案の概要
(1)申立人A(昭和57年生)は、戸籍上の性別は男性であるが、かねてから自らの性別に違和感を覚え、平成17年(23歳)ころ、精神科を受診し性同一性障害と診断されたが、当時は経済的に余裕がなく治療を継続には至らなかった。
(2)Aはその後、平成27年ころに自らホルモン剤等の使用をはじめ、平成28年ころ、性同一性障害の診断を受け、以降1年以上ホルモン治療を受けた。しかし、まもなく体調不良に陥り治療を中断した。
(3)Aはその間、平成28年ころ、大阪家庭裁判所に対し、性同一性障害を理由に名の変更許可を申し立てたが、平成29年11月ころ申し立てを取り下げた。
(4)Aは、平成29年ころから1年半通院して、平成30年7月、性同一性障害の診断ガイドラインに沿った性同一性障害であることの診断を得た。
(5)Aは、令和1年6月、大阪家庭裁判所に対し、前件申立てと同様、性同一性障害を理由に名の変更許可を申し立てた。その際提出された資料は、心理的な性に合わせた通称名であるCの給与明細書、通勤定期券、医療機関の受診票、ハローワークカード、国民健康保険被保険者証、ポイントカード等であった。


2、原審審判(却下)
 原審(大阪家庭裁判所)は、Aが求める変更後の名Cは、その使用実績をみても、Aの通称として永年使用され社会的に定着しているとまでは認められず、Aの病歴、受診歴及び現在の通院治療の状況等を併せ考えると、現時点で、Aの名を変更することにつき戸籍法107条の2の「正当な事由」があるとはいえないと判断してAの申し立てを却下した。


3、抗告審決定(原審取消、許可)
 これに対し、抗告審(大阪高等裁判所)は、Aは、
①性同一性障害について医師2名による診断ガイドラインに沿った診断を受けている。
②そのような下で、生物学的な性と心理的・社会的な性意識としての性が一致せず、その不一致に悩み、生活上の不便が生じている
③その不便を解消するため、心理的な性に合わせた通称名Cの使用を平成28年6月から開始し、その名は、勤務先や通院先など社会的、経済的な関係において継続的に使用されている。
と認定した上で、このような事情の下では、Aの申立てには、戸籍法107条の2にいう「正当な理由」を認めることができると判断して、Aの申立を認容した。


4、コメント
(1)名の変更の要件
 名は氏とともに人の同一性を表す称号であり、呼称秩序維持の要請から軽々しく変更されるべきではなく、「正当な事由」があって家庭裁判所の許可を得た場合にのみその変更が認められるとされています(戸籍法107条の2)
■「正当な事由」とは?
 では、変更要件である「正当な事由」とはどのような場合を指すのでしょうか?これについては、一般的には、名の変更をしないとその人の社会生活において支障をきたす場合をいい、単なる個人的趣味、感情、信仰上の希望等のみでは足りないとされています。
 具体的には、①奇妙な名であること ②難しくて正確に読まれない名であること ③同姓同名者がいて不便であること ④異性と紛らわしいこと ⑤外国人とまぎらわしいこと ⑥神官若しくは僧侶となるため、又はこれを辞めるために名の変更が必要であること ⑦通称として永年使用したこと ⑧ その他(営業上の目的から襲名する必要のあること、帰化した者で日本風の名に改める必要のあること等)などの場合が考えられます(昭和23年1月31日民甲第37号最高裁民事部長回答参照)。
 実務上多く見受けられるのは⑦の永年使用を理由とする場合です。この場合は、その者が社会生活上、長期間通名を継続して使用し、社会的にその名が通用していること要するとされています。

(2)本件事案での判断の妥当性
 本件事案について、永年使用を理由とした名の変更申立と捉えた場合、原審の通り永年使用され社会的に定着しているとはいえず、正当な事由は認められないとの判断になります。しかし、本件事案を性同一性障害が問題となる場合と捉えると、違った判断がありえます。
 この点について、大阪高等裁判所平成21年11月10日決定は、「性同一性障害者である抗告人が、社会生活上、自己が認識している性別とは異なる男性として振る舞わねばならず、男性であることを表す戸籍上の名を使用することに精神的苦痛を感じており、抗告人に戸籍上の名の使用を強いることは社会観念上不当であると認められる一方、名の変更によって職場や社会生活に混乱が生じるような事情も見当たらないことからすれば、変更後の名の使用実績が少ないとしても、抗告人の名の変更をすることには正当な事由がある」としています。
 永年使用・社会的定着は名の変更(正当事由の判断)に必須の要素ではなく、利益考慮をする際のメルクマールの一つとして発生してきたと考えられます。本件では、前記裁判例の判断に沿って、名の変更をしないことにより生じるAの社会生活上の支障の程度を吟味し、これを認容したものであって、妥当な判断であったと思われます。