再転相続人による相続放棄の熟慮期間に関する最高裁判例

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最高裁判所第二小法廷 令和元年8月9日判決
~再転相続人による相続放棄の熟慮期間の起算日~

1、事案の概要
 以下、正確を期するために長文となっていますが、概略としては、Bが債務者Aの相続人となっていたところ、Bがそのことを知らず相続放棄をすることなく死亡し、その3年以上後になってBの相続人であるYが自らに対し強制執行の手続が進んでいることを知って初めてA→B→Yの相続を知った、という事案です。
 そして、民法は相続放棄ができる期間について「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月間、と規定しています。

①平成24年6月7日、主債務者であるW市場と、その連帯保証人であるAらに対し、Z銀行へ8000万円を支払うことを命じる判決が確定。
②平成24年6月30日、A死亡。
③平成24年9月、Aの相続人の内、妻を除く2名の子が相続放棄。
 子らの相続放棄により、Aのきょうだい4名と、既に死亡していたAのきょうだい2名の子ら7名(合計11名)がAの相続人となった。
⑤平成25年6月、11名の相続人のうち、B(Aの弟)外1名を除く9名が相続放棄。
⑥平成24年10月19日、Bは、自己がAの相続人となったことを知らず、Aからの相続について相続放棄の申述をすることなく死亡。
 Bの相続人は、その妻及び子であるYらであった。Yは、同日頃、自らがBの相続人となったことを知った。
⑦平成27年6月、Z銀行は、Xに対し、①の本件確定判決にかかる債権を譲渡し、W市場に対し、内容証明郵便により上記の債権譲渡を通知。
⑧平成27年11月2日、Xは本件確定判決の正本(以下「本件債務名義」という。)に基づき、Z銀行の承継人であるXが、Aの承継人であるYに対して本件債務名義にかかる請求権につき32分の1の額の範囲で強制執行することができる旨の承継執行文の付与を受けた。
⑨平成27年11月11日、Yは、本件債務名義、上記承継執行文の謄本等の送達(以下「本件送達」という。)を受けた。Yは、本件送達により、BがAの相続人であり、YがBからAの相続人としての地位を承継していた事実を知った。
⑩平成28年2月5日、Yは、Aからの相続について相続放棄の申述をし、同月12日、上記申述は受理された(以下、この相続放棄を「本件相続放棄」という。)。
⑪Yは、Xに対し、本件相続放棄を異議の事由として、執行文の付与された本件債務名義に基づく被上告人に対する強制執行を許さないことを求める執行文付与に対する異議の訴えを申し立てた。

2、争点
 甲が死亡し、その相続人である乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡し、丙が乙の相続人となったいわゆる再転相続に関し、民法第916条は、同法第915条1項の規定する相続の承認又は放棄をすべき3箇月の期間(以下「熟慮期間」という。)は、「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」から起算する旨を規定しています。
 そのため、本件では、Aからの相続についてのYの熟慮期間がいつから起算されるかが争点となりました。
  
 原審は、民法第916条にいう「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、丙が自己のために乙からの相続が開始したことを知った時をいうが、同条は、乙が、自己が甲の相続人であることを知っていたが、相続の承認又は放棄をしないで死亡した場合を前提にしていると解すべきであり、BがAの相続人となったことを知らずに死亡した本件に同条は適用されない、とした上で、同法第915条の適用によって、「Aからの相続にかかるYの熟慮期間は、YがBからAの相続人としての地位を承継した事実を知った時から起算される。」と述べて、Yの主張を認めていました。

3、最高裁の判断
 結論:
①本件のように、BがAの相続人となったことを知らずに死亡した場合でも、民法第916条は適用される。
②この場合、同条の「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を、自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである。
③Yは、平成27年11月11日の本件送達により、BからAの相続人としての地位を自己が承継した事実を知ったというのであるから、Aからの相続についてのYの熟慮期間は、本件送達の時から起算される。

→原審は、法の解釈を誤っているが、本件相続放棄が有効であるという結論としては変わらない。

4、コメント
 最高裁判決が理由中で述べるとおり、「熟慮期間」は、相続人が相続について承認又は放棄のいずれかを選択するに当たり、被相続人から相続すべき相続財産につき、積極及び消極の財産の有無、その状況等を調査し、熟慮するための期間であるところ、再転相続人であるYが、BからAの相続人としての地位を承継したことを知らないにもかかわらず、YのためにBからの相続が開始したことを知ったことをもって、Aからの相続に係る熟慮期間が起算されるとすることは、Yに対し、Aからの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障する民法第916条の趣旨に反することになります。
 そのため、民法第916条の解釈の問題として、本件の解決を図った判断は妥当と思われます。